自動運転車の安全性評価 ―雪景色を仮想空間で再現する研究―(先進自動車研究所 学内特別研究員 黒田浩司)
神奈川工科大学 先進自動車研究所では、自動運転車の開発を支える「仮想空間シミュレータDIVP(Driving Intelligence Validation Platform)」を開発してきました(※1)。
日本の国土の約4分の1は降雪地帯です。雪が降ったとき、自動運転で「眼」の役割を担う各種センサ(カメラ、LiDAR(ライダー)、ミリ波レーダ)がどのような影響を受けるかは重要な課題ですが、実験できる季節と場所が限られるため、定量的な評価が難しいのが現状です。
今回は、人工降雪装置を使って光や電波が雪によってどのような影響を受けるかの基礎的なデータを計測し、仮想空間上でモデル化した研究を紹介します。仮想空間の中で雪景色を再現することで、雪が降ったときにカメラやミリ波レーダ等のセンサがどのようにふるまうか、シミュレーションの中で評価することが可能になります。

先進自動車研究所
黒田浩司 学内特別研究員
(※1)DIVPについては以下の記事をご覧ください
自動運転車の安全性評価を仮想空間で実現する「仮想空間シミュレータDIVP」の研究 ( 先進自動車研究所 所長/特任教授 井上 秀雄 ) | 最新研究情報 | 神奈川工科大学
雪が降った時、センサはどんな影響を受けるのか
自動運転で「眼」の役割を担うセンサは3種類あります。カメラ、LiDAR(ライダー)、ミリ波レーダです。自動運転車では、カメラが道路の白線を検知して、車線のなかを走行するよう制御しますが、道路に積雪があると雪を白線と誤認識する場合があります。またLiDARは雪で反射された強い太陽光で受光部が飽和して物標が見えにくくなる場合があるなどの課題があります(図1)。

図1 雪がカメラやLiDARのセンシングに与える影響
またミリ波レーダは、周波数が77GHz(波長約4mm)程度の高い周波数の電波を送受信して物体を検知するセンサですが、道路に積雪があると反射特性が変化する課題があることが知られています。これらのセンサに対する雪の影響は定性的には知られていますが、定量的な評価はできておらず、モデルを作って仮想空間で再現することは困難でした。
光や電波の伝搬は、降雪時にどうふるまうか? 計測してみよう
そこで基本に立ち戻り、雪に対する光や電波の基本的な特性を計測することにしました。より精度の高い計測を行うためには、均質な雪を用意して安定な低温環境のもとで計測する必要があります。そこで、世界最大級の人工降雪機を保有する、国立研究開発法人 防災科学技術研究所のご協力のもと、雪氷防災研究センター 新庄雪氷環境実験所で実験を行いました(※2)。
(※2)雪氷防災研究センター 雪氷実験棟
雪氷防災実験棟|施設・設備|
雪に対する光の反射特性の測定
雪に対する光の反射の基本特性を計測するには、雪サンプルへ光を照射して、反射された光の強さを分光放射計で測定します(図2)。この一連の計測を、送光部と受光部の設置角度を変えながら行います。実際の実験では、雪サンプルが溶けるのを防ぐため、雪サンプルと計測に必要な最小限の装置類を低温室に設置し、高精度な計測装置は常温の制御室に設置して、それらを長いケーブルで接続して実験しています。低温環境下での高精度な実験ではこのように様々な工夫を施して実験することが必要です。

図2 光の雪反射計測
実際の雪道は、新雪だけでなく踏み固まったアイスバーン状の状態もあります。そこで、新雪の雪サンプルと、雪を凍らせたアイスバーン状のサンプルを作成して、光の反射特性を計測しました。図3に実験結果の例を示します。
光が反射される強さは、双方向反射率分布関数(BRDF:Bidirectional Reflectance Distribution Function)という値で表現されます。図3に示したグラフは、入射する光の角度は45deg一定で、受光部の設置角度を変えながら反射光の強さを測定した結果です。新雪に対する光の反射は、入射光や出射光の角度に依らず一定の強さで光を反射する、完全拡散反射(ランバート反射)の特性が観測されました。一方、凍らせた雪では、拡散反射ではなく、入射角度のちょうど反対側に強い鏡面反射の特性を持つことが分かりました。この実験で、雪の状態によって光の反射特性が大きく変化することが明らかになりました。

図3 光の反射 凍らせた雪と新雪の場合
雪に対する電波の反射特性の測定
次に、雪に対する電波の反射特性を測定しました。前述のように自動車で使われているレーダでは、周波数77GHzの電波が使われています。この電波を雪サンプルに照射して反射特性を計測します。電波の反射の計測にはネットワーク・アナライザと呼ばれる装置を使います。ネットワーク・アナライザは、電波を制御しながら送信し、受信された信号の特性から雪サンプルの反射の強さを計測できる装置です。送信アンテナと受信アンテナを設置する角度を変えながら、雪サンプルの反射特性を測定しました(図4)。

図4 電波の雪反射計測
ここで電波と光のふるまいの違いについて少し説明します。光は雪の表面で反射されますが、電波は雪の層を少し透過します。道路に雪が積もったとき、電波は雪の表面から反射されるだけでなく、雪を透過して路面から反射する信号も発生します。そうすると2つの反射波が合成される"干渉"という現象が発生します。電波の入射角が変化すると、電波が雪の中を通過する長さも変化するため、電波の角度によって干渉の度合いが複雑に変わります(図5)。

図5 電波の雪と路面からの反射
今回我々は、路面の上に積雪があるときの電波の反射を測定するとともに、干渉を含む現象を数式でモデル化しました。電気信号の伝送を計算するときに使われるS行列という計算式を用いて、電波が空気の層から雪の中をとおり路面で反射される現象を数式で計算することができました。路面上に雪が10mm積もっている場合の実験結果とモデル計算結果を図6に示します。実験とモデル計算はよく一致しており、数式モデルが精度よくできていることが分かります。

図6 路面に積雪があるときの電波の反射(実測とモデル計算)
雪景色を仮想空間で再現してみる
これまでに得られた光の反射特性を使い、仮想空間上に雪景色を描画した例を図7に示します。道路の積雪をポリゴンでモデル化し、雪にたいする光の反射パラメータを適用することで、仮想空間上にわだちのある雪景色を表現しています。

図7 わだちのある雪景色のシミュレーション例
終わりに
より信頼性が高く精度の良い仮想空間シミュレータを実現するには、物理現象である光や電波のふるまいをコンピュータの中で忠実に計算して再現する必要があります。今回は、雪に対する光や電波の反射特性を測定して、雪景色を仮想空間で再現する研究を紹介しました。このほか我々は、雨や霧などの天候についてもモデル化と実験検証を進めています。自動運転車を様々な天候下で実験走行させなくても、仮想空間の中でセンサ性能を評価できるよう、日々研究に取り組んでいます。
▼関連するSDGs

▼本件に関する問い合わせ先
研究推進機構 研究広報部門
E-mail:ken-koho@mlst.kanagawa-it.ac.jp











