研究思考を持った技術者を育てる

KAIT

研究室教育

神奈川工科大学では、社会で活躍する「研究思考を持った技術者」の輩出を、重要な教育目標としています。 そのために教員が注力しているのが「研究室教育」です。 社会人力や人間力を伸ばすための、各研究室の工夫や取り組みの一部をご紹介します。

01

自分で決め、自ら動く経験を、

すべての学生に

応用バイオ科学部
応用バイオ科学科 分子機能科学研究室

※2024 年度から「工学部 応用化学生物学科」に名称変更

小池 あゆみ教授

小池先生は、傷ついたタンパク質を再生させるタンパク質、シャペロニンの研究者だ。 熱ショックなどで立体構造が崩れてしまったタンパク質に働きかけて、もとの構造に戻す働きをもち、 1つのシャペロニンが数百種類ものタンパク質を修復しているとも言われている。 小池先生はその作用機構の解明と並行し、工学的考え方を取り入れシャペロニンを体内における物質の運び屋として活用する先進的な研究も行う。 研究室のモットーは組織力。1人が壁にぶつかっているとき、他のメンバーが自然と手を差し伸べ乗り越える。 学生と教員が一丸となって成果を上げる研究室だ。

自分の意見をもち、
発信すること

学生は自らの研究室について「自分の考えで主体的に動くことができる場所」と表する。 実験計画は、教員からの指示ではなく学生が起点となったやりとりから生まれる。 先輩のノートや先行論文を鵜呑みにするのもNG。 自分なりの問いを持ち「自分はこれを明らかにするために、この条件で実験をやってみようと思う」と、 先生の目を見て堂々と意見を言えるようになるまで、小池先生は GO サインを出さない。 学生たちは最初は戸惑い、なかなか自分で決めることができない。 しかし、「学生たちに意見がないわけではないんです」と小池先生はいう。 学生たちは、これまでの人生の中で、意見を求められたことが少なく、 それを表明して良いものかどうかが分からなかっただけなのだ。 小池先生との対話の中で、研究室にきて初めて「自分の意見って言っていいんですね」と気づく学生もいる。

自信を取り戻す瞬間を
逃さない

学生の中には、第一志望の大学に落ち「私なんか ...」と自信を喪失した状態で入学してくる学生もいる。 話を聞くと、中高の内申点に囚われるあまりに、教師や保護者の顔色をうかがい続けてきた過去や、 進学校で落ちこぼれて「あなたには無理」と言われてしまった過去を語る。 そんな学生に対しても小池先生は、研究室の中で自分の意見を述べるよう、根気強く接する。 そしてある瞬間、学生はスイッチが入ったように顔つきが変わる。 それは、自分の意見が認められたとき、論文の輪読がうまくいったとき、対話の中で自分の強みを見つけたときなど、ほんの小さなきっかけだ。 この瞬間が、学生全員に訪れるよう、小池先生は学生への指導に全身全霊であたっている。

学生も先生も
「フラット」が礼儀

小池先生は、研究を通した教育活動の特徴は「フラットであること」だという。 研究には、先輩と後輩、教員と学生、上司と部下、親と子などの立場や肩書は一切関係ない。 学会にいけば、どんなに歳が離れていようが相手が偉い先生だろうが平等であり、研究成果について対等に議論することができる。 それが文化であり、マナーである。普段の生活では、教師や保護者という相手の立場や顔色を伺って、 言いたいことを飲み込む場面もあるかもれないが、研究の世界ではそれは御法度であり、相手に対して失礼にあたるのだ。 こういった研究経験を通して、学生は研究室の外でも堂々と自分の意見を言えるようになり、自然と力と自信を身につけていく。

人生を乗りこなす
力をつける

自信を喪失したが、数ヶ月の研究活動を経て志望する企業に就職、家族からも認められて自信を取り戻した子。 会社でも先輩に対して自らの意見やアイデアを発信し続け、社長賞をとったと連絡をくれる子。 そんな小池先生の研究室には、様々な企業からの人材のオファーも多く舞い込むようになり、学生の就職までコミットできる体制が整ってきた。 ペーパーテストは得意でなくともマニアックな探究心を持っている、キラリと光るものがある、 そんな既存の指標では評価されにくい生徒にこそ、神奈川工科大学に来てほしいと小池先生は語る。 「学生たちの人生がハッピーであるように、精一杯できることをやる。そしてたくましく生きていける人になってほしい」。 それが小池先生の願いだ。

このインタビューは、中高生・先生の研究活動を大学・企業で応援する『教育応援2023年秋号・Vol.59』(リバネス出版)に掲載された記事を、出版社の許諾を得て一部改変したものです。

02

社会に出てからも、

幸せにはばたき続けるために

工学部
電気電子情報工学科 電気応用研究室

瑞慶覧(ずけらん) 章朝教授

「空気をきれいにしたい」という瑞慶覧先生は、 電子やイオンを用いて、空気中の有害物質やウイルスを浄化する研究や装置を開発している。 取り組むテーマは、電力を必要としない空気浄化技術の開発など、オリジナリティの高いものばかりだ。 難しく、ハードな研究に取り組むことで成長できると考える瑞慶覧先生は、日々の教育にも余念がない。 企業経験も活かした、その研究室教育スタイルに迫っていく。

ささいなことから、
現実社会を意識する

研究室教育において、瑞慶覧先生が意識していることとは。 その問いに「学生の発言や行動において気になったことがあると、すぐにはっきりと伝えること」と答えてくれた。 例えば、プレゼンテーションの際の滑舌や声の大きさなど、細かいと思われるような点でも都度、明確に伝える。 これはひとえに、卒業後の彼らを考えた上での工夫だ。 「社会人になってから指摘されたり苦労したりしそうなことは、その前に研究室で気づかせて、直せばいい。 大学にいるうちに意識できれば、それだけ社会に出てからのつまづきが減ると思うんです」と話す瑞慶覧先生。 企業経験も豊富な先生だからこその教育だと言える。今は厳しいと感じている学生たちも、いずれその真意に気づくことだろう。

正解のない未来を
生きるために

実社会を常に意識し学生の教育にあたっている瑞慶覧先生は、研究室のすべての学生に「自分の考えを言う」ことを求めている。 しかし、やはり配属されたての4年生は、自分の意見を言うことができない。 受験勉強の過程で常に正解を求め続けてきたクセは、1人ではなかなか変えることができないのだ。 そんな状況において、先生は「間違ってもいいから、とにかく何でもいいから言ってみろ。 恥かいたってバカにされたっていいから、好きなことを言いなさい」と、地道なトレーニングのように、促し続ける。 するとやがて、少しずつ発言ができるようになるという。 正解のない課題に立ち向かっていくためにも、あらかじめ用意された正解を求める態度ではなく、 自分で考えを模索して、自分の言葉で発信する態度に変化してほしいという瑞慶覧先生の強い信念が、ここにも現れている。

学生同士の密な時間が、
一生ものの力になる

4年次の卒研生をサポートするのは、先生だけではない。 瑞慶覧研究室では大学院生も大きな役割を担っている。 年に7回もあるという研究室の中間発表会。 そこで提出する資料づくりでは、大学院生が4年生の作成したものをチェックして 「これじゃあ先生に日本語になってないっていわれるぞ」などと事前指導がみっちりと行われる。 プレゼンテーションも、相手の関心をひくような発表になるまで、何度も練習を繰り返すという。 「先生があれこれ指示を出すより、時間をかけてでも、自分たちで教え合う方が伸びてくれるんです」と先生は笑う。 このようにハードな研究生活をおくる学生たちだが、ここにも先生の企業時代の経験が生かされている。 会社に入ると「明日までに」など短時間で資料をつくらねばならないことが多い。 そういう場面に出会ったときには、学生時代に一生懸命、時間をかけて取り組んだという経験が一番の力になってくれると、先生は考えている。

ただただ、
幸せになってほしい

空気浄化研究に取り組む瑞慶覧研究室だが、学生たちに対して 「空気浄化の技術を社会に役に立ててほしいとか、そういうことはあまり思ってないですね」と先生は話す。 スキルや専門性の獲得だけでなく、打たれ強さや自らの考えを発露する力など、 どのような人生を歩んでも必要となる力を、研究室で身につけてもらえればと考えているそうだ。 今日も瑞慶覧研究室では、先生や先輩たちとの蜜なコミュニケーションを通して、学生たちが図太く、そして確実に、生きる力を伸ばしている。 「卒業後も幸せに生きていってほしいですね」。 ハードな研究室の裏側には、学生を想う、先生の熱く優しいハートがあった。

このインタビューは、中高生・先生の研究活動を大学・企業で応援する『教育応援2023年冬号・Vol.60』(リバネス出版)に掲載された記事を、出版社の許諾を得て一部改変したものです。

03

学生に問い、自らも問い続ける。

ものづくりの未来を拓くために

工学部
機械工学科 精密加工研究室

今井() 健一郎准教授

今井先生は「難削材料」という、削るのが困難な材料の加工を行う研究者だ。チタン合金などの難削材料は、 耐食性や耐熱性に優れていて高い工業的価値を持つが、粘る性質や高い耐熱性から精密な部品に加工することが非常に難しい。 この難題に対して「難しいからこそ、研究・開発に取り組む価値がある」と先生は意気込む。そんな今井先生の研究室教育にかける想いに迫った。

「自分の頭」で考える。
すべてはそこから始まる

卒業研究におけるテーマの決め方は研究室によってさまざまだが、今井研究室では、学生自身が自分のテーマについて考え、 先生に提案するところから始まる。今井先生から指示することはなく、「何をやればいいですか?」と聞いてくる学生には 「簡単に他人の頭を借りるんじゃない」と諭す。すぐに結果が出そうなテーマもNG。「わかっていないこと、難しいことに取り組むのが卒業研究。 僕も答えがわからないようなテーマに取り組んでもらいたいんです」と先生は話す。学生がテーマの種となるアイデアを持ち込み、先生と議論して、 またテーマを考える。それを繰り返していると、徐々に学生の意識も変わってくるという。 「先行研究ではこういったことがわかっていない。これを自分は解明したい。この考えについて先生はどう思いますか?」というように、 自分の意思や仮説を伝え、問いを投げかけるようになるのだ。この段階に達すれば、いよいよ卒業研究がスタートできる。 「自分の頭で考えること。それが研究においても、社会に出て仕事をする上でも重要」。時に2〜3ヶ月をも要するテーマ決めにも、 今井先生の研究室教育における信条が根付いている。

失敗でも成功でもいい。
自分達のアイデアを形にしよう

「自分の頭で考え、難しいことに取り組むからこそ成長できる」。その考えは、学部教育にも生かされている。 機械工学科の3年次に開講される「創造設計ユニット」という講義は、学生5人がチームになり機械設計に取り組むプロジェクト型の授業だ。 ある年のテーマは「本をひっくり返す機械の製作(使ってよいモーターは2つまで)」。限られた部品と予算の中で、 最終的に5冊の本をひっくり返す機械を開発するという内容だ。課題の設定について今井先生はこう話す。 「工夫すればおそらくできるけど、簡単にはできない。教員にも正解がわからない課題を設定するようにしています。 すぐにできてしまうテーマを与えるのは、学生に対して失礼ですからね」。インターネットにも図書館にも、 どこにも設計図や答えがない中で、学生たちは必死に考え、つくり、試し、繰り返す。最後まで失敗続きのチームもあれば、 教員の想像を超えるアイデアが出てくることもある。「うまくいったか、いかなかったか。正直どちらでもいいんです。 自分たちで考えたのであれば、その成功や失敗の記憶が学生たちを大きくしてくれますから」。 

未知に自ら向き合う人が、
ものづくりの未来を拓く

機械工学科を卒業した学生の多くは、メーカー・製造業の業界に飛び込んでいく。社会を支える製品、 まだ世の中にない新しい製品をつくるためにはどうすればいいのか、その難しい問いに向き合い続ける仕事だ。 そこでは常に、自分の意思で取り組み、自分の頭で悩み、自分の手で試行錯誤する力が求められている。 「学生たちが答えを求めてしまう気持ちはわかります。そんな彼ら、彼女たちに、正解のないものづくりに取り組む魅力を発見してもらいたいです。 そのためにどうすればいいのか。それが私たちのテーマですね」。研究者、そして教育者として、今井先生は今日も「自分の頭」で考え続けている。

今井先生は最後に、高校における「探究活動」への想いを語ってくれた。「これまでの授業とは違う、生徒たちが試行錯誤できる学びが広がっていくことに、 大学教員としても期待を寄せています。わからないこと、知らないことに向き合うことの楽しさを感じたなら、その興味を神奈川工科大学で花開かせてほしいです」。

このインタビューは、中高生・先生の研究活動を大学・企業で応援する『教育応援2024年春号・Vol.61』(リバネス出版)に掲載された記事を、出版社の許諾を得て一部改変したものです。